基源:ミカン科 (Rutaceae) のCitrus unshiu Marcow. 又は Citrus reticulata Blanco の成熟した果皮を乾燥したもの。

 ミカンは日本の冬を代表する果物です。その中でも皮が剥きやすく,種子がないタイプのミカンはウンシュウミカンに由来した品種で,日本市場のミカン類の約7割を占めています。ウンシュウとは中国浙江省の地名である温州のことですが,この温州で生育していたミカンを導入したものではありません。中国大陸から導入された起源種をもとに江戸時代初期に九州地方で育成されたとされていました。この理由からウンシュウミカンの学名は冒頭の Citrus unshiu のほか,中国大陸に分布する C. reticulata の交雑種であることを示した C. ×reticulata も表記されます。この日本で作出されたウンシュウミカンをもとに,さらに交配や枝変わりを利用することにより様々な品種が作り出され,現在に至っているのです。

 ウンシュウミカン C. unshiu および C. reticulata の成熟した果皮を乾燥したものが陳皮です。過去のこの連載に陳皮が取り上げられたのは平成5(1993)年です。当時は「(陳皮は)100%国内生産品でまかなわれている」と記載されているようにウンシュウミカンに由来する日本産陳皮が使用されていたようです。一方,平成28(2016)年の陳皮の国内自給率は約33%ですから,7割ほどは C. reticulata に由来する中国産陳皮が使用されていることになります。C. unshiu および C. reticulata のそれぞれの果皮に由来する陳皮の成分研究によると,前者がノビレチン,タンジェレチン,3′,4′, 3, 5, 6, 7, 8 -heptamethoxyflavone などのフラボノイド類が主成分であるのに対し,後者はこれら3種類の含量が2倍から20倍であることに加え,それ以外のフラボノイド類も含有しています(Natural Medicines, 50, 114-127, 1996; 51, 231-243, 1997)。この報告では,静岡県産の両種での測定結果(新鮮果実)でも同様の結果を得ていることから,産地の違いよりも種の違いによる理由が大きいことがわかります。

 日本薬局方解説書(廣川書店)の陳皮の項目には生産に関する記載があり「1年くらい経て橙色が濃くなったものが良く,これ以上経過して古くなったものは使用にたえないとも言われている」とあります。これはおそらく経年により含有する精油成分が揮発により減少し,気味が薄くなることや日本薬局方の精油含量の既定値を満たさなくなることによるものだと考えられます。実際にウンシュウミカンの精油含量については陳皮への加工の際に精油含量が減少することが報告示されています(生薬学雑誌,46, 125-130, 1992)。このため現在,日本産陳皮は鮮やかな橙色をしたものが見受けられます。一方で,陳皮は「陳(ふる)いものを良しとする六陳生薬」の一つでもあります。中国の生薬市場では二十年,三十年経過した陳皮が特別な保存方法をされている訳でもなく陳列されています。しかも驚くことに少量を口に入れてみると強い気味が口中に広がります。このような陳皮の原植物も薬用として特別な形質を持ったものであることが推察されます。

 2017年,日本の農研機構と国立遺伝学研究所のグループがウンシュウミカンの全ゲノム解析に成功しました。その結果,ウンシュウミカンは,それよりも先に渡来したキシュウミカンの交配種の子供であるクネンボにさらにキシュウミカンが交配されたものであることが解明されました(Frontiers in Genetics, 2017, 8:180)。キシュウミカン(紀州蜜柑,C. kinokuni )も,旧和歌山地方の地名が付けられていますが,大陸から伝わったものです。クネンボ(九年母,C. reticulata ‘Kunenbo’ )も同様です。すなわち日本産陳皮の原植物は,中国大陸からの導入種を日本の先人が品種選抜を繰り返し育成してきたものです。漢方の導入・発展と重ねて考えると日本産陳皮への敬意の念が一層深くなります。

 これからミカンを食べる際,果皮を廃棄物として捨て去る前に,先人の努力が蓄積されたものであることに一瞬でも思いを巡らせるようにしたいものです。それにしても,ユズやレモンを始めとしてミカンの仲間の皮は種類によって大きく香が異なります。薬用として更なる優れたミカンの開発にも期待したいと思います。

(神農子 記)