基源:キク科(Compositae)のクソニンジンArtemisia annua L.の帯果あるいは帯花枝葉を乾燥したもの。

 2015年に大村智博士がWilliam C.Campbell博士とともに線虫感染症の新しい治療法の発見でノーベル生理学・医学賞を受賞したことは記憶に新しいことと思います。大村博士らは土壌から分離された放線菌が生産する化合物が寄生虫に対して強い殺虫作用があることを発見しイベルメクチンを開発しました。一方,中国の女性科学者の屠呦呦(Tu You-you)氏はマラリア治療薬アルテミシニンを発見したことによって同時に生理学・医学賞を受賞しました。このアルテミシニンの抽出原料となったのがクソニンジンArtemisia annua L.(中国名:青蒿)です。

 青蒿は『神農本草経』の下品に収載され,別名として草蒿(本経),香蒿(衍義),蒿(蜀本)などと称されていました。韓保昇は「草蒿は江東地方では𤜢蒿(しんこう)と呼ぶ。臭気が𤜢(狸の一種)に似ているからだ。北方では青蒿と呼ぶ。葉は茵蔯蒿に似ているが背面が白くない。高さは四尺ほどになる。四月,五月に採って日光で乾かして薬に入れる」といっています。その植物形態に関して,蘇頌は「青蒿は,春苗が生え,葉は極めて細い。食し得るものだ。夏になれば高さ四,五尺になり,秋後に細かい淡黄色の花を開き,花の下に粟米大の子を結ぶ。八,九月に子を採って陰乾する。根,茎,子,葉いずれも薬に入れて用いる」といい,李時珍も「青蒿は二月に苗が生え,葉は粗く,指ほどあって肥えて軟らかい。茎,葉共に色は深青だ。その葉は微かに茵蔯に似ているが,表裏共に青く,その根は白く硬い。七,八月に細かな黄花を開いて頗る香しい。大きさは麻子ほどの実を結び,中に細子がある」と記しています。これらの記載から牧野富太郎博士はカワラニンジンArtemisia apiaceaとよく合致するとしていました。また,『夢渓筆談』に「青蒿は一類に自ら二種あって,一種は黄色だ。一種は青色で本草に青蒿と謂うものが是である」とあり,青蒿にも数種のものがあったものと考えられます。現在の中国市場には青蒿としてA. apiaceaを基源とするものはなく,大部分はA. annuaに由来すると考えられ,臭気があり茎は黄緑色をしています。

 クソニンジンは一年生草本で高さ約150 cmと大型です。全体はほぼ無毛で,茎は円柱形で直立し,表面には縦に浅い溝があります。下部は木化し,上部は多数の枝に分かれています。若い茎は緑色ですが,老成すると黄褐色になります。茎葉は互生し3回羽状に細裂し,裂片の先はとがり,上面は緑色,下面は黄緑色,葉軸の両側には狭い翼があり,茎の上部の葉は上に行くほど小さくなり,分裂も細かくなります。頭花は球形で下垂し,ピラミッド型に配列します。一方,カワラニンジンは一年生または二年生草本で高さは30〜150cm,全体はなめらかで無毛。茎は円筒形,幼時は青緑色であり,表面には細い縦溝があります。下部はやや木質化し上部は葉腋のあいだに分枝があり,葉は互生で2回羽状複葉全裂,第1回の裂片は楕円形,第2回の裂片は線形で全縁または各辺1〜3の羽状複葉浅裂。先端はとがり,質は柔らかく両面ともなめらかで無毛,青緑色を呈します。頭花は総状円錐花序に配列し,どの頭花も側生し,やや下垂します。

 クソニンジンの成分研究は日本でも古くから行われており,1917年頃には朝比奈泰彦博士らによって精油成分の約30%を占めるモノテルペノイドのartemisia ketoneやisoartemisia ketoneなどが報告されています。これまでに含有成分としてcineoleやセスキテルペノイドのarteannuin Bなど様々な化合物が報告されています。また,青蒿は清退虚熱薬として少陽,厥陰の血分に入り,肝,胆,腎経の伏熱を去ることから持続性の微熱にたいして用いられており,秦艽,知母,当帰などと用いる秦艽鼈甲散などの処方があります。屠呦呦氏はこのような青蒿の清退虚熱作用に着目し抗マラリア薬の研究を行ったものと推察されますが,同様に抗マラリア薬として利用されてきた生薬は数多く存在し,研究の過程でその多くはマラリア原虫に対して効果を示さず,試行錯誤を重ねたことが容易に想像できます。現在,全世界でCOVID-19に対する特効薬が待ち望まれている状況ですが,マラリアと同じように古来新型コロナ類似の病が流行し,対処する生薬があったはずで,願わくはそれらの生薬の探索により一日も早く新薬が発見されることを願います。

(神農子 記)