【川芎（センキュウ）】　　平成５年１１月１５日号より

基源：センキュウ Cnidium officinale Makino（セリ科 Umbelliferae）の根茎を通例，湯通ししたもの。

　セリ科の植物は一般に全草各部に精油を含み，良い香りのするものが多く，薬用として重要なものが数多くあります。漢薬「川芎」はその一つで，やはり芳香の強い生薬です。

　セリ科植物の植物分類学的な特徴は果実の形状にありますが，分類の難しいものが多く，類似植物が多く見られます。川芎の原植物は日本薬局方ではセンキュウ Cnidium officinale となっていますが，『中華人民共和国薬典』では Ligusticum chuanxiong Hortorum（＝ L．sinensis Oliver cv.chuanxiong Hortorum）と，別属の植物が原植物とされています。さきほどセリ科植物の植物分類学的な特徴は果実の形状であると書きましたが，実はこれら両植物とも花は咲きますが，結実しません。故に分類学的な決め手に欠けており，両者は実際に属が異なる植物なのかどうかなど，未だに結論が出ていません。葉の形状からは両者は明らかに別の植物ですが，分類学的にかなり異なる植物だとすれば，中国産川芎は現状では日局不適となります。

　川芎は栽培品が薬用に利用されていますが，いずれにせよ果実が実らないので，増殖は株分けによっています。畑では７〜８月ごろに複散形花序に小さな多数の白い花を咲かせます。なぜ結実しないのかはわかっていませんが，株分け繁殖が一般的だったために，一種の退化現象だとする意見もあります。

　川芎は『神農本草経』の上品収載品で，原名は「芎窮」です。古来，四川省産のものが優秀とされたため，川芎と呼ばれるようになったものです。わが国へは江戸時代に中国からもたらされました。『用薬須知』には「日本，中国共にある。ともに用いられる。日本産に大葉と小葉の２種があり，大葉のものは香気がなく，普通は薬用にはしない。すなわち撫芎である。小葉のものは極めて芳しい匂いがあり，葉をび蕪といい，根を川芎という」と記されています。また『古方薬品考』には「芎窮舶来の物の形は，莪朮に似て皮は茶褐色で内部は気白色。いわゆる雀脳芎はこれである。大きい小さいにかかわらず共に薬用にできる。日本産に数品ある。大和川芎というものは形は舶来品ににて痩せて小さい。内部は淡い黄色で緑色を帯びる。年を隔て色が黄白色のものをよしとする。和州，伊州，勢州に産する。また仙臺川芎がある。形は大きく皮は黄褐色，内部の色は黄白色。味は苦く芳しく，大和川芎の次に良い。奥州，羽州に産する。また豊後，丹後に産するものは良くない。また大葉川芎がある。味は辛辣で，人の口や舌を刺す。書物に川芎，京芎，台芎，撫芎，雀脳芎などがあるが，これは皆同じものを指す。（後略）」とあります。

　すなわち，同じ日本産でも産地によって色形味が異なっていたことが示され，この件に関しては今も同じです。植物学的には明らかに同じ植物なのですが，栽培地によって形状が異なっているのが川芎なのです。他の生薬では「沢瀉」も同様に栽培地によって形状が異なります。このような生薬では形を見れば大凡の産地が分かる訳ですが，絶対的なものではありません。また，なぜ産地によって形状が異なるのか，理由ははっきりしていません。また，四川省産の川芎のように，原植物が同じでも産地によって薬効的な良否が異なる理由も未だ不明です。

　現在，わが国における主たる栽培地は北海道ですが，それ以外にも東北地方，奈良県などで栽培されていて，ほぼ国内需要を満たしています。品質的には，痩せて，堅く，重実し，内部の色が白く，味が辛く，香気の烈しいものが良いとされてきました。生薬の中には，しばしば結節の節間が延びて細長い根茎となり，節ごとに塊状根茎が数個連なったものがありますが，これを「算盤玉様（そろばんで）」と称し，質が劣るとされています。増殖用の種芋としてこれを利用します。