昆布は日本人の生活に深く関わりがある食材です。料理用のだしを取り、また塩昆布として日々の食卓に上るとともに、名前の音が「よろこぶ」につながることから、お正月のおせち料理に欠かせない食材ともなっています。うま味のもとであるグルタミン酸、粘りのもとであるアルギン酸、フコイダンなどが含まれ、またヨウ素が多く含まれていることでも有名です。日本人に不足しがちなカルシウムやカリウムなどのミネラルも豊富です。
コンブは生物学的には海藻の仲間で、コンブ科に属する海藻を総称してコンブと呼んでいます。寒い地方の沿岸に分布し、日本では東北北部から北海道に生育します。食用とされる主なものには、マコンブ、リシリコンブ L. ochotensis Miyabe、オニコンブ L. diabolica Miyabe、ミツイシコンブ L. angustata Kjellman、ナガコンブ L. longissima Miyabe、ホソメコンブ L. religiosa Miyabe、ガゴメ Kjellmaniella crassifolia Miyabe などがあります。植物体には、葉、茎、根の区別があり、これは他の海藻にはみられない特徴です。海中では根が岩などにしっかりと着き、コンブ本体を支えています。大型のものでは長さ数メートルに生長します。
沿岸部に形成される海藻などの群落を藻場といい、特にコンブなどの大型の海藻で形成される群落は海中林とも呼ばれます。藻場は、海藻が光合成を行うことにより、海水の浄化や酸素を供給する働きをしています。また、アワビやサザエの餌になったり、魚のすみかになったりと、海の生態系を保つ役割もしています。しかし藻場は、人間による海の汚染あるいは海水温の変化などにより減り続けており、日本では1970年代と比較すると1990年代には約30%も減少したといわれています。
生薬「昆布」は、『名医別録』の中品に、「昆布。味は鹹、性は寒。無毒。十二種の水腫、癭瘤、聚結気、瘻瘡をつかさどる。東海に生じる」と収載され、現代中国では、癭瘤、瘰癧、睾丸腫痛、痰飲水腫などの治療に用います。また昆布の効能は海藻とほぼ同じであり、これらを一緒に用いることにより効果が強くなるとされます。この海藻という生薬は、ホンダワラ科の海蒿子 Sargassum pallidum C. Ag.(中国名:海蒿子)あるいは、Sargassum fusiforme Setch.(中国名:羊栖菜)の全草を乾燥したものです。
生薬「昆布」の原植物については混乱がみられます。現在の『中華人民共和国薬典』では、「昆布」の原植物は、マコンブ(中国名:海帯)とクロメ(中国名:昆布)と規定されています。また、「昆布」としてワカメ(中国名:裾帯菜)も使われていたようで、『中薬大辞典』では、「昆布」の原植物として、マコンブ、クロメ、ワカメの3種が載せられています。宋代の『大観本草』には、「昆布」の他に、「海帯(嘉祐本草に初めて収載)」が薬物として収載されています。この「海帯」の基原は、『中薬大辞典』では、ヒルムシロ科のアマモ Zostera marina L.(中国名:大葉藻)の全草とされています。また、同書には「現在一般にいう海帯はマコンブであり、薬材中では昆布として用いられる。『嘉祐本草』に"登州人はこれを乾して物を束ねる"と記された海帯は、アマモとスガモ Phyllospadix scouleri Hook.(中国名:海韮菜)である。なぜなら、登州一帯ではマコンブはないが、アマモとスガモはあり、この2種の植物は山東では海帯草と呼ばれ、その性状も『嘉祐本草』の"しなやかかつ長い"に合致するからである」と記されています。現在では「海帯」はあまり使わないようで、『薬典』には収載されていません。なお、『国訳本草綱目』の解説で牧野富太郎先生は、「昆布」の原植物にワカメ、「海帯」にコンブ(Laminaria spp.)をあてています。「昆布」と「海帯」の基源については、本草学的にさらに詳しく調査する必要がありそうです。
コンブは、薬や食品として直接的に、また海の生物を育てたり、二酸化炭素を吸収したりと間接的に、私たちに恩恵を与えてくれる植物です。生薬というと陸上のものに注目しがちですが、海で生育する生物に対しても、注意して見守ることが大切でしょう。