松竹梅は,慶事に欠かせないものとして有名です。冬の寒さに耐えながら,松や竹は緑を保ち,梅は花を咲かせてほのかな香りを漂わせることがその由縁です。これらはまた薬用にもなる植物です。今回は「松」に由来する生薬の話です。
日本で「松」といえば,マツ科のマツ属(Pinus)の植物を指し,アカマツ(P. densiflora)やクロマツ(P. thunbergii var. thunbergii)などが有名です。日本産のマツ属植物は,葉(針葉)の本数が2本である「二葉松」と5本の「五葉松」に分けられ,アカマツやクロマツは「二葉松」です。アカマツは木肌が明るい赤褐色を呈し,乾燥した土壌や,やせた土地でも生えることから,荒廃地や砂地,堤防などで植栽にも用いられます。クロマツはアカマツよりも大柄で,針葉も太く,長く,硬く,緑色が濃く,乾燥や潮風に強く,しばしば海岸の砂丘などに生えます。
本草書には,マツ属植物生薬として,「松香(松脂)」,「松葉」,「松節」,「松根白皮」,「海松子」など様々な部位に由来するものが記載されています。
「松香」は「松やに」に由来する生薬で,『神農本草経』の上品に「松脂」の名称で「癰疽悪瘡,頭瘍白禿,疥瘙,風気をつかさどる。五臓を安んじ,熱を除く。久しく服すれば,身を軽くし,老いず,延年する」と記載されています。「松やに」は無色透明の粘り気のある液体で,マツ属の樹皮をはぎ,木部を傷つけることにより得られ,しばらく放置すると固くなります。「松やに」を水蒸気蒸留して得られる精油を「テレビン油」といい,蒸溜残渣を「ロジン」といいます。「ロジン」は絆創膏の粘着付与剤として,また溶剤や塗料とされ,さらに野球の投手が滑り止めとして使用しています。本草書では,「松脂」は,陶弘景が「松脂を採錬する法は,服食方中にある。桑灰汁あるいは酒で煮て軟らかくし,冷水中に数十回いれて,白く滑らかにして用いる」と述べているように,修治をしてから用いることが記されており,このような修治を行えば含有される精油は大部分揮発するため,「ロジン」に近い状態で用いることになります。
「五葉松」であるチョウセンゴヨウ(P. koraiensis)は,種子が長さ約1.5cmと大型になるのが特徴で,ロシア沿海州,朝鮮半島,中国東北部,日本では本州中部,四国の一部に分布しています。種子(仁)は「海松子」という生薬になり,『開宝本草』に「骨節風,頭眩をつかさどる。死肌を去り,白髪を変じ,水気を散じ,五臓を潤し,飢えない」と記載されています。李時珍は,「中国の松子は大きさ柏子ほどで,薬用になるが,果として食うには堪えない」,「服食家が用いる松子はみな海松子であって,中国の松子は肌が細かくして力が薄く,ただ薬用になるだけだ」と記しており,海松子は一般的な松の実より大きく,主に食用とされ,特に神仙家は五穀を絶つ修行の際に食料として用いました。
一方,日本の民間療法における「松」の利用は,腫物に松脂を紙に伸ばして患部に貼る,高血圧の予防に松葉酒を製して内服する,喘息に松葉を煎服するなど,松脂,松葉の利用が多く記されています。しかし,種子の利用はほとんどみあたりません。
海松子について,日本の江戸時代の本草書である『本草綱目啓蒙』には,「油多し。味山胡桃のごとし」とあり,『本朝食鑑』には,「松子」として「白仁は香ばしく,かむと甘くやや辛く,松の気があって,やや佳とするに足るものである。近時韓国より移栽しているが,木が高くなければ実らないので,この実ったところを見たことがない。ただ韓人によって対馬の市で商われ,それが全国四方に売られている。また長崎の市にも,中華より伝来している。ふつうの松子は柏子の大きさくらいで,使うにはあまりよくないものである」とあり,『大和本草』には「海松。五葉なり。若水曰信州戸隠山にあり。松かさ大なり。子は果とし食うべし。日本の産は朝鮮より来るにおとる」と記されています。このように,江戸時代には,種子を食用とする知識は日本にも知られていたようです。しかし,日本に多く分布するアカマツやクロマツの種子は小さいことから食用には適さず,また,種子が大きくなる,チョウセンゴヨウの分布は日本では本州中部,四国の一部に限られていたことから,種子利用の知識が広がらず,日本の民間療法ではほとんど用いられなかったものと考えられます。
マツの種子は世界中で食用とされ,とくに朝鮮半島での利用が多く,料理や菓子に混ぜたりします。またイタリアでもバジルを使ったジェノベーゼソースにマツの種子が使用されています。マツの種子は,現在では日本においてもスーパーなどで安価に入手できます。栄養価が高く,また抵抗力を高めることから,体が弱っているときには,砕いておかゆなどに入れて食べるのもよいと思われます。