升麻は『名医別録』の上品に収載された薬物ですが、『神農本草経』収載品であるとする考えもあるようです。
現在の『日本薬局方』ではキンポウゲ科のサラシナショウマ Cimicifuga simplex ならびにその同属植物の根茎部を規定しています。サラシナショウマはわが国にも多く自生していますが、現在すべて輸入品でまかなわれています。生薬は黒色でゴツゴツとして間隙が多く軽質です。なお、中国市場には「広升麻」と称されるキク科植物由来の細長い紡錘形で中が充実した升麻もあり、中でも「緑升麻」と称されるものは外面も内面も濃い緑色をしています。また、市場には「赤升麻」と呼ばれるユキノシタ科の Astilbe(トリアシショウマ属)の根茎に由来するものもあり、このものはサラシナショウマの根茎に比してやや小型で淡色です。
宋代の『図経本草』の図を見る限り、升麻も他の生薬と同様、原植物の混乱があったようです。除州、漢州、茂州、秦州の4種の升麻の付図のうち、除州産は葉が単葉、漢州産には葉が描かれておらず、茂州産は複葉で、秦州産は掌状複葉で、葉の描かれている3種は明らかにすべて植物学的にまったく別の種類です。そのうち茂州産が葉も花序もサラシナショウマに似ています。
一方、本草書の記載を見ますと、5世紀の陶弘景は「今は無いが、昔あった寧州産のものが第一で、形は細く黒くてきわめて堅実である。今は益州に産し、良質なものは細くて皮を削ると青緑色で、之れを鶏骨升麻と言う。北方にはまた形状が虚ろで大型で黄色いものがある。建平にもまたあって形が大きく味が薄く使用に耐えない。このものを人は落新婦の根であると言うが、その形は相似ているが気色がまったく違う・・」とさまざまな升麻について記しています。落新婦の根については陳臓器は「今多くの人々は落新婦の根を小升麻と呼び、効能は升麻と同様で、大小がある」と記しています。この落新婦と称されるものはユキノシタ科のトリアシショウマ属植物であるとされ、葉も花序も一見サラシナショウマによく似ています。両者は科を異にするまったく別植物ですが、一見して花も葉も非常によく似ています。ともに和名に「ショウマ」と付されている所以でしょうか。両者は中国でも混乱していたことが容易に想像されます。
付図を載せた『図経本草』では「4〜5月に栗の花穂に似た花序に白い花を咲かせる」とあります。花序の形態はサラシナショウマ属に似ているように思われますが、花の時期は却ってトリアシショウマ属に一致します。また、「升麻」と言う限りは「麻」に似ていたことが考えられます。『図経本草』の秦州産升麻の付図は麻にそっくりですが、このものの原植物はまったく不明です。
陶弘景の言う「寧州産の細くて黒くて堅実なもの」や「益州に産し、中が青緑色で、鶏骨升麻と言う」ものは少なくともサラシナショウマ属には合致せず、今の広升麻すなわちキク科植物の根のように思われます。
結局、筆者が調査する限りは、升麻の古来の原植物の特定はできませんが、習慣にしたがってサラシナショウマ属植物を利用していても問題はないものと考えられます。