「杏仁」,「桃仁」,「梅仁」など,バラ科の果樹の種子に由来する生薬は,古来互いに鑑別の難しいものとして知られてきました。また,杏仁と桃仁は,原植物がアンズとモモの違いだけで薬効的にずいぶんと異なっている点でも興味ある生薬です。本号では「杏仁」を取り上げて述べたいと思います。
「杏仁」は,字が示すように「杏(アンズ)」の種仁です。他の多くの薬用植物と同様に多くは栽培品が利用されますが,薬用にではなく食用に栽培されたアンズに果実から種仁を取り出し,廃物利用しています。そうした意味では陳皮と同じです。日本では長野県や山梨県でアンズを栽培し,長野市の「あんずの里」はとくに有名です。中国では華北から内蒙古,さらに甘粛にかけてアンズおよびホンアンズを栽培し,またモウコアンズ P.sibirica L.(西伯利亜杏), マンシュウアンズ P. mandshurica Koehne(遼杏),そのほか長い間にわたりいろいろな栽培品種が育種されています。年間約90トンが主に中国,北朝鮮から輸入されることから,日局には「その近縁植物」も原植物として規定されています。
アンズはもとより果肉を食用にするのですが,堅い殻(内果皮)の中にある種子(種仁)も食用あるいは薬用として古くから利用してきました。アンズの種仁には食べて甘いもの(甜杏仁)と苦いもの(苦杏仁)があり,食用には専ら甜杏仁(甘杏仁)が利用され,苦杏仁(単に杏仁と呼ぶ)は専ら薬用とされてきました。両者の違いは,青酸配糖体アミグダリンの含量が前者では約 0.1 %,後者では約 3.0 %というだけで,植物形態的な違いは全く無いといわれています。種子は,アミグダリンの他に脂肪油30〜50%を含んでいます。
薬用にするには,夏季に果実が熟したときに核をとり出し,そのまま風通しの良い日陰で乾燥します。9〜10月頃にその核(内果皮)を割って種子を取り出し,晒して乾燥します。上端が尖り,尾端が丸く心臓形をしており,やや偏平でよく肥厚して大粒で,内部白色,虫害が無く,脂肪油が外面に浸出していない品を良質品とします。一方,痩せて表面に皺があり,虫の喰ったものは品質が劣るとされ,また古くなって脂肪油が変敗したものは腐敗臭を発するので薬用にできません。またアンズジャム製造時に一緒に熱処理されたような種子も品質が劣るとされています。さらに,食用に大型化された品種の種子は未熟なものが多く,薬用には不向きです。しばしば生薬中に小粒のものが混ざっている事がありますが,これは「梅仁」であることが多く,取り除かねばなりません。
薬物としての杏仁は,『神農本草経』の下品に「杏核仁」の原名で収載されています。古方では,杏仁は湯に浸し「皮と尖り」を去って使用していました。杏仁は無胚乳種子で,「尖り」と呼ばれる部分は幼芽の位置する先端部で,マメ類と同じように種子の大半は子葉で,薬用には茶色の皮(外種皮)を去った子葉だけが利用されたわけです。杏仁の外種皮や幼芽はお湯に浸すだけの修治で簡単にとれ,中国市場にはこうした商品も見られます。わが国では,『日本薬局方』に修治についての規制がなく,市場には外種皮をつけたままの生薬が出回っています。