日本人が利用する身近な香辛料に「からし(芥子、辛子)」があります。これはアブラナ科植物のカラシナBrassica juncea (L.) Czern. の種子を粉末にして水を加えて練ったもので、「和がらし」とも称されます。一方、「洋がらし」とも称され辛味がマイルドな「マスタード」は、同じアブラナ科のシロガラシSinapis alba L.(=Brassica alba (L.) Rabenh.)の種子に由来し、種子粒や粉末に水や酢、砂糖などを加えて練ったものです。共に古来鎮咳薬などとして薬用にも供されてきました。中国では古くから前者を「芥子」、後者を「白芥子」として区別してきました。辛味成分は前者がシニグリン、後者がシナルビンで、互いにわずかに構造が異なるグルコシノレート(カラシ油配糖体)です。なお、マスタードには辛味がやや強いクロガラシBrassica nigraの種子を使用したものもあります。
薬用としての「芥」は『名医別録』の上品に収載されています。その名称について、王安石の『字説』には「芥とは界の意味で、汗を発し気を散じ、我を界するものの意味である」とあり、王禎の『農書』には「その気味が辛烈で介然たるもので、食えば剛介の象がある。ゆえに文字は介に従うのだ」とあります。『新修本草』には「芥には三種あって、葉が大きく子の粗大なものは、葉を食い子を薬に入れて用いる。葉が小さく子の細かいものは、葉は食せずただ虀(なます、あえもの)にするだけである。又、白芥子というのがあって、粗大で色が白く、白粱米のようで甚だ辛美だ。これは西戎から来る」とあります。「白芥」は『開宝本草』では別項目に分けて収載されています。現在でも中国では「芥子」と「白芥子」の二種類が区別使用されています。
薬効について、『本草綱目』には「芥子の功は菜と同じ。その味は辛で気は散ずるものだから、能く九竅を利し、経絡を通じ、口噤、耳聾、鼻衄の証を治し、瘀血、癰腫、痛痺の邪を治する。その性は熱にして中を温めるものだから、又よく気を利し、痰を割し、嗽を治し、吐を止め、心腹諸痛に主効がある。白芥子は辛烈が更に甚だしいもので、治病に就中良し」とあります。「白芥」の項では「白芥子の辛は能く肺に入り、温は能く発散する、故に気を利し、痰を割し、中を温め、胃を開き、痛を散じ、腫を消し、悪を避ける効力がある」とあります。このように薬用としては「白芥子」の方が優れていると考えられていたようです。
種子を採集するには、夏の終わりから秋の初めにかけて果実が成熟した頃、株を根元から刈り取るかあるいは果実を摘み取り、日干した後に種子を叩き落とし、ふるいにかけて殻や枝葉などの夾雑物を除きます。種子は球形、薄い種皮に包まれ、油性があります。1グラム中の平均種子数はカラシナ由来の芥子では500粒、シロガラシ由来の白芥子では150粒で、種子は白芥子のほうが明らかに大型です。
日本では古くに伝わったカラシナBrassica juncea が各地で栽培されてきました。種子である「芥子」は粉末を水と混ぜて練った「芥子泥(からしでい)」として刺激性の鎮痛薬や去痰薬として使用されていました。種子を採集する基準変種B. juncea var. juncea 以外に、辛味のある葉や茎を利用するハカラシナやタカナ(var. integrifolia)、葉の基部が肥大したザーサイ(var. tumida)なども同様に栽培されています。いずれも食用目的で使用されることがほとんどです。一方、シロガラシはヨーロッパ各地で栽培されており、「マスタード」目的で使用されています。薬用としての「白芥子」は中国安徽省や河南省で栽培されています。
日本人はワサビ同様にカラシも好んで食します。これらの辛味は和食の味を引き立てるために最適であったためと考えられます。このことは「白芥子」よりも辛味が強い「芥子」が日本で使用されていることと無関係ではないと思われます。