営実は現代中国ではあまり用いられません。わが国でもっぱら下剤としてとくに家庭薬原料として利用されている生薬です。下剤としては峻下剤に分類され、量を超すと激しい下痢に見舞われます。薬用部位の「偽果」というのは読んで字のごとく偽(にせ)の果実という意味です。
真性の果実というのは種子とそれを取り囲む果皮からなっていて、果皮が種子を完全に覆っているのが被子植物で、果皮に相当する器官がなく種子が裸出しているのが裸子植物というわけです。バラの木に実る一見果実のように見えるのは実は花托と呼ばれる花(果実)が着く受け皿のような器官なのです。本当の果実は中にある一つ一つのタネのように見える部分です。ナシやリンゴでも同じで、本当の果実は、真中にあって食べずに捨ててしまう俗にタネと呼んでいる黒褐色の小さな粒なのです。ついでですが、やはりバラ科のイチゴの場合は食べる大部分が花托で、小さなプチプチする部分が本当の果実なのです。バラの実では逆に花托が果実を覆うように発達したというわけです。少し形態は違いますが、同じような形をした偽果の例にイチジクがあります。
営実の薬用部位は「偽果または果実」と規定されていますので、実の全体あるいは中の粒々のみを薬用とするわけです。
李時珍は営実の原植物は「成長すれば薮となり、蔓に似て茎が硬くて刺が多く、葉は小さくて薄くて尖り、細かな鋸歯がある。花は5月に咲き、花は4出で心は黄色い。(中略)実は群がり着き、赤く熟する」としており、ノイバラの仲間の形態に良く一致します。しかし、営実は『神農本草経』の上品収載品です。上品すなわち不老長生薬であることを考えれば、現在のような下剤としての営実のイメージは浮かんできません。実際、『神農本草経』には下剤としての効能は記されておらず、主として腫れ物の治療薬として記載されています。当時の原植物と明代や現在の原植物が同じであったか否かは、薬効を考えると疑問が残ります。現在でも市場にはヤマハマナスのようにやや大型で花托が肉質に肥厚した果実も出回っており、このものには瀉下作用はほとんどないようです。下剤としては現在利用しているノイバラをはじめとする小型偽果を利用する必要がありますが、古来の薬効と原植物については、今少し研究が必要な生薬であると思われます。
さて、英語のローズがラテン語の Rosa に由来することは言うまでもありませんが、 Rosa 属は結構大きなグループで、いろいろな種類を含んでいます。観賞用に植えられるバラはもちろんのこと、ハマナスも同じ仲間です。薬用に利用されることも多く、同類生薬にナニワイバラ Rosa laevigata の成熟偽果を利用する「金桜子」(きんおうし)があり、こちらは固渋薬として、強壮、収斂、止瀉などを目的に利用されます。金桜子の果実は紡錘形で大型なので、球形で小型の営実とは容易に区別できます。