ウメ、オウレン、フクジュソウなどの開花は春の訪れを感じさせますが、少し遅れて咲くイカリソウの仲間の花はたいへん個性的で、ひと味違った趣きを持っています。メギ科(Berberidaceae)イカリソウ属Epimediumに分類される多年草で、種分類が困難な一群で学者によって種の数が増減しますが、一般的には北アフリカからユーラシア大陸の温暖な地帯に30〜60種が分布するとされています。日本に分布するのは4種とも7種とも言われます。その中のイカリソウEpimedium grandiflorum C.Morren var. thunbergianum (Miq.) Nakaiは主に本州の太平洋側に分布します。一方、日本海側にはトキワイカリソウE. sempervirens Nakai ex F.Maek.が分布しており、トキワ(常磐・常葉)の名が示すとおり常緑で、開花時に黄緑色の新葉とともに色が濃い前年の葉が残っています。
イカリソウの生薬名の「淫羊藿」はなかなか生々しい名前ですが、淫羊と呼ばれた1日に100回交合する動物がその「藿」を食べていたことから淫羊藿と名づけられたと陶弘景は述べています。「藿」は豆類の若い葉のことで、中国のイカリソウの仲間の葉がこれに良く似ているため「藿」と呼ばれるようになったようです。他に「藿」が付くものといえば藿香(カッコウ:パチョリPogostemon cablin Benth.の全草または葉)が真っ先に思いつきます。李時珍はカッコウが豆類の若い葉に似ていると記しましたが、イカリソウの葉はどうでしょうか。
インヨウカクは第14改正日本薬局方の第二追補で収載され現在に至っています。収載に当たっては、原植物が7種もあることから規格等の決定が困難を極めたことが想像されます。また、本生薬は現在供給の全量を中国に依存していますが、『Flora of China』にはイカリソウ属植物41種が記載されており、鑑別も困難であることから、収載種の決定も難航したものと思われます。種や地域によりフラボノイドの種類・含量が異なるという報告があるため、品質の安定したインヨウカクを供給するためには、素性・由来の明らかなものを栽培し同じ時期に採取することが1つの方法だといえます。昔は大葉で色が青く茎の少ないものが良品とされたようで、実際、総フェノール含量は茎(葉軸)よりも葉身のほうが高いという報告もあります。現在はほとんど流通していませんが、過去に流通していた国産品の中ではトキワイカリソウが良品とされていたようです。中国での主な産地は四川省・陝西省などで、大部分はE. brevicornum Maxim.,ホザキノイカリソウE. sagittatum (Sieb. et Zucc.) Maxim.,E. pubescens Maxim.ですが、他の種が混入することもあるようです。一方、中国東北部に産するものは、その多くがキバナイカリソウE. koreanum Nakaiです。キバナイカリソウは中国・朝鮮半島・日本に分布し、以前は相当量輸入されていたようです。ところで、ホザキノイカリソウは享保年間に小石川薬園に導入され、現在も各地の薬草園で見ることができます。この栽植されているものの多くが小石川薬園に導入されたものの子孫だと考えられています。
イカリソウは栽培が容易で、庭に植えて楽しんでいる方もいらっしゃると思います。繁殖は株分けや実生により簡単に行なえますが、自家不和合性のため種子繁殖では他種と交雑しやすいので注意が必要です。園芸品種として「玉牡丹」や「夕映」など数種が知られ、1980年代からアメリカ・イギリスなどでグラウンドカバー用途の園芸品種が大々的に作出されており、近いうちに日本でも流通するようになるかもしれません。
イカリソウに限らず、同類の研究論文を読みくらべていますと、同じ学名の植物なのに含有成分が大きく異なるということがあります。含有成分に影響を与える要因としては採集時期・生育状態・生育環境などが考えられますが、仮に種の同定が間違っているとデータは全く信頼性のないものになってしまいます。生薬の研究には、植物分類学的知識が不可欠であるということでしょう。