「桑白皮」は『本草綱目』の「桑」の条に「桑根白皮」の名で収載されています。同書中には桑根白皮以外にも,薬用として「皮中白汁」,「桑椹(クワの実)」,「葉」,「枝」及び「桑柴灰」が記されています。現在の『日本薬局方』では「桑白皮」のみが収載されていますが,民間では葉や実なども薬用とされます。また,『中華人民共和国薬典』には,「桑白皮」,「桑椹」,「桑葉」,「桑枝」が収載されています。このようにクワはあらゆる部位が薬として利用され続けています。
クワという名前は総称です。カイコの飼料として古くから栽培され,多くの栽培品種があります。また野生のクワは葉の形態などに変異があり,全体的な種数については植物分類学者の間で見解が分かれています。李時珍もクワにいろいろな種があることを認めて,「桑には数種ある。白桑は葉が大きく掌ほどで厚い。鶏桑は葉,花が薄い。子桑は椹が先にあり葉が後に生える。山桑は葉が尖って長い」と述べていますが,薬用としてどのクワが良いかについては言及していません。現在では,主にマグワ Morus alba が薬として利用されています。マグワは養蚕用として重要な種であり,人間の身近に豊富に栽培されていたことから,薬用としてもこの種が使われるようになったのかもしれません。なお日本では,以前は国内に自生するヤマグワ M. bombycis Koidz. なども「桑白皮」として利用されており,過去の『日本薬局方』では原植物に「マグワ又はその他同属植物」と記されていましたが,現在の市場品に即して,『第十三改正日本薬局方第一追補』以降,原植物はマグワに限定されました。一方,「桑白皮」の採取調製法について,『本草綱目』にはいくつかの本草書の記載文が引用されています。それらを総合すると,「地中にある東方向に伸びる根を選び,銅製の刃物などで採取する。鉄,鉛製の道具は使ってはいけない。内側の白い皮を採取する。皮の中の白い液に薬効があるので失わないようにする」となります。良質な「桑白皮」を得るには,これらのことを守ることが重要とされています。
「桑白皮」は,その主治は,李時珍によれば「肺を瀉し,大,小腸を利し,気を降ろし,血を散ずる」であり,杏蘇散,五虎湯,清肺湯,補肺湯,王不留行散などの処方に配合されます。『本草綱目』では附方として,「咳嗽に粉末を飲む」「消渇で尿が多い場合に煎じて飲む」「金瘡に灰を塗る」「髪が落ちたり,つやがない場合に煎じ液で洗う」「小児の鵝口に生の根の汁をつける」などの方法が紹介されています。その他,「桑椹」は「汁を飲めば酒の中毒を解し,桑椹酒に醸して服すれば水気を利し,腫を消す」とされ,「桑葉」は「煎じて茗(お茶)の代わりにすれば,消渇を止める」とされています。また同書の火部には「桑柴火」が収載され,「一切の補薬,諸膏はこの火で煎じるとよい」,「桑木はよく関節を利し,津液を養うもので,その火を用いれば,毒気を抜き,風寒を駆逐する」と記されています。
日本では,『大和本草』に「俗に桑の木を中風の薬とする。本草に葉を酒で煎服すると一切の風を治すとある。また霜後の葉を煮た湯で手足を洗えば風痺を去るという。枝は脚気,風気,四肢拘攣を治すという。また久しく服すれば終身偏風を患わずという」とあり,『本朝食鑑』には「桑火は,薬力を助け,風湿,湿痺,諸痛を除き,久しく服していると,終身,風疾を患わない。然れども,関節を通し水道を利するからとて,毎に服用していては,効益があるだろうか。近頃,世を挙げて,桑の枝,桑の葉を煎じ,中風を患わぬといって服用している。しかし日々用いて止めぬなら,しらずしらずに害を生じることは疑いない」とあるように,クワの枝や葉が中風に効果があるとして多くの人々に利用されていました。その使用頻度は『本朝食鑑』の著者である人見必大が何か害があるのでないかと心配するほどだったようです。また,クワの実で作った桑椹酒は不老長寿の効があるとして現在でも飲まれています。クワは美しい絹糸を生み出すカイコが好む植物で,人々はそのようなクワに神秘性を感じていたのではないでしょうか。そのような植物だからこそ薬として好んで利用したのかもしれません。