ハズの種子は油脂類を多く含んでいます.種子全体に30〜45%,仁には50〜60%の油脂(クロトン油あるいはハズ油)を含み,これらは非食用ですがバイオディーゼルや樹脂などへの利用法が示唆されています.一方ですべての部位に有毒成分を含むことが知られ,特にハズ油は薬事法において毒薬に指定されるほどの強毒性のため,取り扱いには注意が必要です.薬用には種子の他,毒性を軽減するため,圧搾して油を除去した巴豆霜も用いられます.
ハズの属名のcrotonは,クロトン属の果実の形をダニになぞらえて,ギリシャ語でダニを意味するkrotonに因んでリンネによって命名されました.ハズとよく似た果実をつける植物に一回り大型の種子をつけるトウゴマRicinus communis L. がありますが,このricinusもラテン語でダニを意味します.共に,種子は吸血したダニにそっくりな形をしています.なお,園芸植物のクロトンは,クロトンノキ属のヘンヨウボクCodiaeum variegatum (L.) A.Juss. を指します.以前ヘンヨウボクがクロトン属に分類されていた名残です.
ハズは,東南アジア,中国南部などが原産地であると考えられており,現在ではインドをはじめ熱帯域の幅広い地域に分布しています.薬用としての使用は中国に始まったと考えられており,『神農本草経』の下品に収載され,古くから重要な瀉下薬として用いられてきました.インドへは中国から伝わったようで,ハズのインド現地名の中には,ハズがネパールヒマラヤを超えてもたらされたという意味のものがあるそうです.
日本では,『御預ケ御薬草木書付控』に,享保六年(1721年)に巴豆が貝母,沙参などとともに長崎から小石川薬園に移されたという記録があり,江戸時代中期にはすでに国内に導入されていました.また,『古方薬品考』に「薩州産あり,薬舗には未だ出ず」という内容の記載があり,巴豆として一般に流通するほどの供給がなかったことがうかがえます.現在でも屋久島を北限として分布していますが,生薬としては利用されていないようです.
巴豆の性味は辛・熱で,大毒ありとされます.薬性が激しく熱性の下痢を引き起こすため,寒性の便秘に用います.服用後の下痢が止まらない場合は冷たい粥か水を摂取し,それでも止まらぬ場合は黄連か緑豆を煎じたものを飲むと良いとされています.一方で,期待通りに瀉下が生じない場合は,熱い粥を摂取し薬の作用を助けると良いとされます.
巴豆に含有される成分の中で最も有名なものはフォルボールのエステル誘導体です.フォルボールは高度に酸化されたチグリアン骨格のジテルペンであり,エステル化された誘導体の一つである12-O-テトラデカノイルフォルボール13-アセテート(TPA)は強力な発がんプロモーターとして知られていますが,一方で,プロテインキナーゼCを活性化するという特徴があり重要な実験試薬として用いられています.また,造血幹細胞の分化促進作用や抗HIV活性など多様な生理活性を示すことも知られており,2000年代初頭にはアメリカで医薬品承認のための臨床試験も行われていました.
巴豆が配剤される処方には走馬湯や紫円などがあります.巴豆と杏仁だけからなる走馬湯については,江戸後期の名医である原南陽に関して興味深い逸話が残されています.ある日,水戸藩主が急病になり,江戸の名医による必死の治療の甲斐なく危篤に陥りました.そこに呼ばれてきた原南陽は,たった九文で買ってきた巴豆と杏仁を用いて走馬湯を投薬しました.その時,水戸藩主は走馬灯体験の真っ最中だったかもしれませんが,原南陽の処方した走馬湯によって無事に吐瀉し,一命を取りとめました.これにより,原南陽は水戸藩侍医になったとのことです.
一般的には猛毒とされるものであっても,豊富な知識と経験をもとに適切に用いれば特効薬にもなりうる.まさに,毒と薬は表裏一体ということでしょう.