黄連は『神農本草経』上品に,「味苦寒,熱気による目痛,眦の傷によって涙が出る病を主治し,明目し,腸澼,腹痛,下痢,婦人陰中の腫痛を治療する。久服すればもの忘れさせることはない。一名王連」と収載され,清熱薬として半夏瀉心湯,三黄瀉心湯,黄連解毒湯などの処方に配合される重要な生薬です。
わが国には6分類群のCoptis属植物が分布しており,古来キクバオウレンC. japonica Makino var. japonicaとセリバオウレン C. japonica Makino var. dissecta Nakai の2変種の根茎が薬用にされてきました。特にキクバオウレンを原植物とする「加賀黄連」は古来,品質が良いとされてきましたが,残念ながら現在では流通していません。現在の日本薬局方では,C. japonicaの他に『中華人民共和国薬典2005年度版』で規定される黄連C. chinensis Franchet,三角葉黄連 C. deltoidea C. Y. Cheng et Hsiao,雲南黄連 C. teeta Wall. が原植物として規定され,それぞれ中国では味連,雅連,雲連と称されています。中国ではそのほかに四川,雲南地方で使用される鳳尾連(峨眉黄連C. omeiensis (Chen) C. Y. Cheng et Hsiao),安徽,福建,浙江,広東,広西で使用される土黄連(短萼黄連 C. chinensis Franchet var. brevisepala W. T. Wang et Hsiao),日本から輸入される因州黄連(セリバオウレン)なども使用されます。
李時珍が,根が連珠のようで黄色であることから黄連の名があるとしているように,根茎は黄色で,通常結節状に隆起しています。味連は鶏爪連の別名があるように,分枝が多く湾曲し鶏の足先のような形態を呈しています。それ以外のものは分枝が少なく,雲連,土黄連は連珠状を呈していますが,雅連,鳳尾連では明らかな節間があり,その節間は鳳尾連より雅連のほうが大きいとされます。
黄連の産地として『名医別録』に巫陽や蜀郡など今の四川省の記載がみられ,『集注本草』では今の浙江省や安徽省にあたる地域や臨海諸県の記載があり,『図経本草』では更に今の湖南省,湖北省にあたる地などが記載されています。生薬について,『集注本草』では,東陽(浙江省),新安(安徽省)のものを良品とし,『図経本草』では宜城(安徽省)のものとしています。これらは植物の分布から,短萼黄連C. chinensis var. brevisepalaであったと推測されます。C. chinensis var. brevisepalaは基準変種に比して萼片長が1/3〜1/2で花弁の長さは1/3〜1/5と短い点が異なります。質,断面,気味等は基準変種を基源とする味連と同様であるとされています。なお,『新修本草』では澧州(湖南省)のものが勝れているとされますが,『図経本草』の澧州黄連の付図からCoptis属植物とは異なることが明らかです。
現在の中国では,川連(四川省の黄連)として鳳尾連,味連,雅連が知られています。三裂する葉の中央の裂片が長いことから名がついたとされる鳳尾連は野生品で,品質が最も良いとされます。味連は分布が広く,栽培による産出量も多く,品質は良いとされます。雅連は大型ではあるものの,品質は上記2種よりも劣るとされますが,それでもberberine含量は5%といわれ,日局の規定である4.2%を上回っています。
現在,わが国では中国からの輸入品が多くを占めていますが,わが国に自生し古来薬用にされてきたオウレンについても,berberine含量は味連とほぼ同様で7%以上あるなど,有効成分的にも中国産に決して劣ることのない良質品であることが知られています。また,近年のオウレン栽培の試みとして,適潤で肥沃な庇陰地を好むオウレンを林内で,除草や施肥の方法を変えて栽培試験を行い,除草の有無による生長の差は少なく,基肥と追肥を行った場合の方が各部位の乾燥重量が大きかったことから,除草を簡略化した粗放栽培や施肥による栽培期間の短縮が可能であることが示唆された,との結果が得られています。オウレンは生薬として出荷できるまでには5年以上の栽培期間を要するものですが,栽培自体の手間はさほど必要ない生薬のようです。近年の市場品は安価な中国産に変わってしまいましたが,加賀黄連などわが国古来の黄連の栽培の復活に期待したいと思います。