「忍冬」は『名医別録』の上品に寒熱による身腫を主治する薬物として収載され,薬用部位の蔓は12月に採集することになっています。スイカズラ由来の生薬としては,昨今は花を使用する「金銀花」の方が有名です。薬効的には忍冬も金銀花も同効であるとされます。金銀花については,本シリーズ第129回をご覧ください。
原植物のスイカズラは日本全国の山地でごく普通に見られますが,北海道など寒い地域には分布していません。つる性の木本植物で,茎は細くて丈夫で,他木に巻き付いて生長します。葉は対生し,楕円形で,忍冬の名のごとく冬でも先端部に近い葉は枯れずに茎に残っていますが,雪の時節にはさすがに生気はなく,反り返って巻き,しおれているように見えます。まさに,冬を耐え忍んでいるようです。
忍冬の薬効について,陶弘景は「忍冬の煮汁から醸した酒は虚を補い,風を療ずる。この酒は天年を延ばし,寿命を益す。常に採って服用すると良い。(中略)およそ世間では得易い薬草よりも得難い薬草を求め,とにかく遠方のものを貴重とし,近くに産するものを賤しく考えるが,凡夫の浅ましさだ」と書き,忍冬が身近な優れた薬草であることを記しています。古来,この忍冬酒には,あらゆる腫物やそれによる腫毒に卓効のあることが知られています。昔は腫物に悩む人が多かったようです。また,糖尿病の人は腫物が出易いのですが,そうしたものにも渇きを解消したりして,対処可能であることが『外科精要』の記載にうかがえます。
さて,生薬名あるいは植物名(漢名)ともなっている「忍冬」にしろ「金銀花」にしろ,これらの名前は植物体の詳細な観察結果に基づいて付けられたもので,優雅ですばらしい名称です。身近な植物であるが故に,四季折々にしっかりと観察されたのでしょうか。また和名の「スイカズラ」も,その花を採って基部を口に含んで吸うと甘い蜜が口中に入り広がる昔の子供たちの遊びに由来するもので,やはり情緒あるすばらしい名前です。
ところが,和名の由来の「吸い葛」も,今ではそのような遊びをしなくなってしまいました。これも核家族化の結果かも知れませんが,自然を大切にしなくなった近年の風潮が大きく影響しているものと思われます。環境汚染,無計画な開発による自然破壊,里山の無責任な放置,等々,すべて自然を軽んじる近年の風潮ではないでしょうか。山野へ子供たちを連れてピクニックに行く機会も少なくなったためでしょうか,その大人たちも今や「吸い葛」の知識がないのかもしれません。「生薬」は紛れもなく自然界からの恵みです。薬用資源の急速な減少も,その延長線上にあることは間違いありません。
スイカズラに限らず,身近な植物を利用した季節を感じさせる民間の風習は数多くあります。それらを受け継いだり積極的に勉強したりせず,また残していこうとしないのも,未来を意識しない人たちの自分勝手な行動であるように思われます。昨今の目先の結果万能主義が影響しているとは理解できますが,後世に残すべきものは残さねばなりません。現在が過去の歴史の延長線上にあるという紛れもない事実を,生薬を論じる上でも忘れてはならないでしょう。せっかく古人が長い経験の中から見いだした知恵を,どのような理由であれ途絶えさせてはなりません。
一度は廃れかけた生薬の利用が,最近になって再び復活の兆しにあります。その永続的な利用を図るためにも,まずは「忍冬」や「金銀花」や「吸い葛」の名前を編み出した古人の鋭くかつ情緒豊かな観察力に,自然とのつきあい方を学びたいものです。