「あかね」というと、植物の「アカネ」よりも、色を連想することが多いのではないでしょうか。茜色とはアカネの根の色素を用いて染めた色のことで、日本では古くからアカネ染が行われていました。アカネで染めた「緋」色は、飛鳥時代には朝廷における位を表す色のひとつとして用いられていました。また、『万葉集』には「あかねさす紫野行き標野行き野守は見ずや君が袖振る」をはじめ、「あかねさす」という枕詞が詠み込まれた歌がいくつかあります。このことは、アカネで染めた色が、鮮やかで美しい色として、当時の人々に好まれていたことを表しているように思います。
アカネは、日本から東アジアにかけて広く分布し、山野によく見られるつる性の多年草です。根はひげ状になり、黄赤色を呈しており、「アカネ」の名の由来とされます。細くて長い茎には下方に曲がった刺があり、ほかの植物にからまりながら繁茂します。葉は細長い心形で4枚が輪生しているように見えますが、そのうちの2枚は托葉です。花は淡黄色で、直径は4mmほどと小さく、夏に多数咲きます。果実は熟すにつれて黒くなります。
ヨーロッパではセイヨウアカネ R. tinctorum L. の根を用いて染色が行われてきました。アカネで染めた色はやや黄色みを帯びた赤色になりますが、セイヨウアカネでは鮮やかな赤色になります。根に含まれる化学成分は、アカネではプルプリンが主でアリザリンが非常に少なく、セイヨウアカネではアリザリンが主であり、この違いが異なった色として現れます。また、どちらの染料も媒染剤を必要とし、用いる媒染剤によっても色は変化します。
生薬「茜草」は『神農本草経』の上品に「茜根」の原名で、「味苦寒。寒湿風痺、黄疸を主治し、中を補う」と収載され、さらに『名医別録』には「無毒。血内崩、下血、膀胱不足、★(★は、足+委)跌、蟲毒を止める。久しく服すれば精気を益し、身体を軽くする」と記されています。『黄帝内経素問』には「四烏鰂骨一藘茹丸」(烏鰂骨、藘茹(茜草の別名)、雀卵を丸とし鮑魚の汁で飲む)という血枯経閉を治す方が記されており、古くから薬用にされていたことがわかります。李時珍は『本草綱目』に「茜草」の主治について、「経脈を通じ、骨節の風痛を治し、血を活し、血をめぐらす」と記し、また「俗方に、婦人の経水不通を治すのにこれを用い、一両を酒で煎じて服するが、一日にして通じ、甚だ効がある」と記しています。現代では、浄血、止血、通経薬として、吐血、便血、月経不順などに応用されており、血をめぐらすには生で用い、血を止めるには炒炭にして用いています。
また、本草書からは、中国においても絹を紅く染めるのにアカネが用いられていたことが伺えます。『名医別録』には「絳を染める染料になる」と記され、陶弘景は「このものは絳を染める茜草である」と述べています。このアカネで染めた糸や布も薬用になります。「新絳」はアカネで染めた新しい絹糸で、『金匱要略』出典の「旋覆花湯」に配合され、婦人の半産漏下(流産のこと)を治すのに用いられます。また「緋帛」はアカネで染めた絹の布で、陳蔵器は「焼いてすり、初生児の臍のまだ落ちない時の腫痛に外用する。また悪瘡、疔腫、諸瘡の根のあるものを治療する」と記しています。
一方、ヨーロッパにおいても、セイヨウアカネが染料だけではなく薬としても用いられてきました。『ディオスコリデスの薬物志』には、「根は細長くて赤く、利尿作用がある。水割蜂蜜酒と一緒に飲むと、黄疸や腰痛や麻痺によい。多量の濃い尿を排泄させるが、ときには血液をも排出させる。服用するものは毎日体を洗い、排泄した尿の変化をみなければならない。茎を葉と一緒に飲めば、毒獣に咬まれた者を救う。根は、膣坐剤として用いれば、月経血、後産が排出される。酢と混ぜて塗りつけると白斑も治す」とその効能が記されています。
アカネの類は、洋の東西を問わず、古くから薬や染料として用いられてきました。しかし、色素の成分であるアリザリンが化学的に合成され、染料として用いられるようになると、セイヨウアカネの栽培量は激減し、それとともに薬用にもほとんど供されなくなったといいます。現在、化学染料が使われ始めてから約100年が過ぎ、アカネで染めた赤色の方が、化学染料で染めたものより堅牢であることが次第に明らかになり、植物染色のよさが見直されつつあります。生薬としてのアカネについても、再認識される機会になるかもしれません。