シクンシ科の植物は熱帯地方を中心に分布しており,日本では沖縄地方や小笠原諸島にモモタマナとヒルギモドキの2種類が生育しているのみです.日本ではあまり馴染みのない科ですが,有用植物が多く含まれます.生薬としては,アーユルヴェーダ三果として知られるミロバラン(Terminalia chebula)の果実(中国名:訶子,訶梨勒)が著名で,このものは正倉院薬物の一つでもあります.そして,今回の使君子も古来駆虫薬として多用されてきた重要生薬で,科の和名の語源となったことにもその重要性がうかがわれます.
使君子の原植物は日本に自生はしていませんが,シクンシ又はインドシクンシとして各地の植物園で栽培されています.旺盛に生長する常緑の木本性つる植物で,きれいな花をたくさんつけます.2センチほどのねじれた五弁の花はキョウチクトウ科のテイカカズラを思わせますが,シクンシは細長い萼筒をもつため垂れ下がります.花の色は咲き始めが白色で,次第に色づき鮮やかな赤色になります.シクンシは花期が長く,植物園の温室を彩る目玉植物の一つですが,残念ながら植物園ではほとんど結実しません.
この成熟果実が生薬「使君子」です.長さ2〜3センチ程の暗褐色の紡錘形で,縦方向に5本の稜があります.このため横方向の断面は星形になります.中に1個の種子が含まれています.その名称について『開宝本草』に「俗間の言い伝えに,潘州(現在の広東省茂名県)の郭使君が小児の病を治療するのに多くこの物を獨用したので,後世の医家がそれに因って使君子と呼ぶようになったという」と由来が記載されています.続けて形状について「交(現在のベトナム),廣(現在の広州)等の州に生ずる.形は梔子のようで,稜瓣が深くて両端が尖り,訶梨勒に似て軽いものだ」とあります.正に言い得て妙です.
原植物について,『図経本草』に「嶺南の州都いずれにもある.山野の中及び水の岸に生え,茎は手の指ほどの太さの藤になり,五瓣である.七,八月に子を結ぶ」とあり,『本草綱目』でも「もとは海南地方交趾から出たもので,今は閩の紹武(福建省邵武県),蜀の眉州(四川省眉山県)でいずれも栽培しているが,やはり生じやすく,その藤は葛のように樹に搦まって上に伸び,葉は青くして五加の葉のようだ.五月花を開く.この花は一簇に葩(はなびら)が二十ほどあり,色紅く,軽盈で海棠のようだ」との記載があり,Quisqualis indicaの特徴を良く示しています.中国に分布する葉に細毛が生えている植物を変種としてQ. indica var. villosaとする場合もありますが,果実は外形上ほとんど区別がなく一様に扱われているようです.
先に「小児の病を治療する」との記載がありましたが,同じく『開宝本草』には「小児の五疳,小便白濁.虫を殺し,瀉痢を療ず」とあります.このように使君子は小児の駆虫薬として用いられてきました.『本草綱目』には「凡そ虫を殺す薬は多くは苦く辛いものだが,使君子,榧子(カヤの実)は甘くて虫を殺す点が異なっている.凡そ大人,小児の虫ある病には,ただ毎月上旬,早朝空腹時に使君子仁数個を食い,或は殻の煎湯で嚥下すれば,翌日虫がみな死んで出るものだ」と,その優れた効果について記載されています.さらに続けて「この物は味は甘く,気は温であって,よく虫を殺すと同時に脾,胃を益するものだ,故にその結果はよく虚熱を斂めて瀉痢を止める.小児の諸病の要薬である」とあり,小児の癇癪,虫積による腹痛,消化不良に対する効能もあることが伺えます.
昨今は寄生虫症もほとんどなくなり,日本では生薬そのものを見る機会もなくなりましたが,使君子は形が整った印象的な生薬です.良薬口に苦しとは云え,使君子は良薬にして甘くて美味で,子供たちも好んで食したようです。駆虫作用については東北大学の竹本常松らによって研究され,1972年,その主成分で虫に対して麻痺作用があるキスカル酸が単離されています.