山椒は香辛料としてよく知られていますが,芳香性辛味健胃薬,また漢方処方用薬として『金匱要略』収載の「大建中湯」,『萬病回春』収載の「椒梅湯」などに配合される生薬です。日本薬局方には,山椒は苦味チンキ剤原料のショウズクの代用品として第5局から収載され,サンショウ Zanthoxylum piperitum DC.の成熟果皮が規定されています。一方,中華人民共和国葯典には「花椒」の名称で,青椒Z. schinifolium Sieb. et Zucc.と花椒Z. bungeanum Maxim.の果皮が規定され,同類生薬ですが日本と中国で名称と原植物が異なります。
中国で使用される青椒は日本にも普通に自生するイヌザンショウです。サンショウの若葉はとても良い香りがするのに対し,イヌザンショウの葉の香りは一種の悪臭と称されることもあり,サンショウのような独特の芳香はありません。これは精油成分組成の違いによるもので,サンショウはcitronellal, limonene, β-phellandrene, geraniol等のモノテルペノイドを含みますが,イヌザンショウはmethylchavicol, anisaldehyde, p-methoxycinnnamic aldehydeなどを含みます。また『名医別録』に記載される殺虫作用はsanshool等の辛味成分によるものであるとされています。この他にもZanthoxylum属植物は世界の熱帯から温帯に広く分布し,250種ほど知られ香辛料や薬用として用いられているものも多く存在します。この種類の多さが原植物の混乱を招いたのでしょうか,あるいは」原植物によって薬効が異なるのでしょうか。『神農本草経』の下品に「蜀椒」,中品に「秦椒」が収載され,「椒」の文字がサンショウを意味するところからともにZanthoxylum属植物の果皮を用いていたのは確かなようですが,原植物の違いについては不確かなようです。
これらサンショウの仲間は雌雄異株で,多くは表皮が突起した刺をもちます。日本の山野ではサンショウ,イヌザンショウの他にカラスザンショウ Z. ailanthoides Sieb. et Zucc.も見られ,薬用にはされていませんが,カラスが種子を好んで食べることからこの名がついたとされます。実際,カラスに限らず,ハトなどの鳥もよく実を食べます。またカラスザンショウは落葉高木であるのに対し,サンショウ,イヌザンショウは落葉低木です。イヌザンショウとサンショウは花期や花序,また葉の形も少し異なりますが,サンショウの刺が葉の基部近くの枝に対生するのに対し,イヌザンショウの刺は枝に互生することで明確に判別できます。なお,昨今市販されるサンショウのすりこぎはカラスザンショウのようです。
現在日本の「山椒」はアサクラザンショウZ. piperitum DC. f. inerme Makinoから栽培品種として派生したブドウサンショウから主に採集されており,奈良,和歌山県などで約25トンの生産があります。このアサクラザンショウは枝に刺がなく,個々の果実が大きく,強い芳香を有し,豊産性です。和名は但馬国朝倉山(現在の兵庫県養父市八鹿町)で見つけられたことに由来し,このうち果穂がふどうの房のように大きくなる品種がブドウサンショウと呼ばれるものです。
サンショウは中国でも日本でも古くから栽培されてきました。日本においては『和漢三才圖會』(1713,寺島良安)に「朝倉山椒は始め但馬の朝倉谷より出ず。丹波,丹後に多く其の枝を接ぎ・・・」とあることから江戸時代にはすでに接ぎ木によって栽培されていたことがうかがえます。現在でも繁殖は接ぎ木によっており,これはサンショウが移植にたいへん弱いこと,また実生では実がならない雄株も生えてくることなどに関係しているのでしょう。
なお,サンショウの古名「ハジカミ」は,一般には"はじかみら"の略で,"ハジ"ははぜる実,"カミラ"はニラの古名で味が似ていることに由来しているとされますが,そのほかにも,味が辛渋くて歯がしかむ(蹙)から,またハシアカミ(端赤実?)やハシタカラミ(歯舌辛)など,諸説があります。薬用には種子(椒目)の混入のないものが良質です。