今年は例年になく食中毒が多発しています。食中毒は今に限ったことではなく、昔からあったことですが、調理する単位が大きくなればなるほど、一度に中毒する患者数も増えるということなのでしょう。古来、下痢食当たりには何と言っても「梅干」。今回の話題はウメの実です。
ウメは中国原産の低木で、モモと同様、古い時代にわが国にもたらされました。ウメといえば、すぐに思い出されるのが「梅干」ですが、梅干はわが国独自なものではなく、中国6世紀頃の『斉民要術』という書物にその作り方が記されているそうです。わが国にその製法が伝わったのは奈良時代以前であるとされています。その薬用としての効能もおそらく同じときに伝わったのでしょう。
和名の「ウメ」は「烏梅」の中国音「ウメイ」が訛ったとする説がありますが、ウマが「馬」(マー)の訛りであるように、「梅」(メイ)が訛ったとするほうが妥当なように考えられます。マ行は最初口をつぐんでいますので発音が(ム)メイとなり、それが訛ってウメになったというわけです。実際、ウメの学名も Prunus mume になっています。ただし、一説ではウメの木よりも烏梅の方が先に伝来したために、後に伝来した生木は「烏梅の木」と呼ばれたのが語源であるとしています。確かに『古事記』や『日本書紀』には「桃」は登場しますが「梅」に関する記載がないことからも、この「烏梅」説にもかなりの説得力があり、結局いずれが正しいかの決着はつかないようです。
さて、その烏梅の製法ですが、譚子の『化書』には「半黄のものを採って烟で薫じたものを烏梅と言い、青きものを鹽で淹けて曝乾したものを白梅という」とあり、一方、李時珍は「青梅を取って籃に盛り、竃突の上で黒く薫ずる」とやや異なった製法を記しています。いずれにせよ生の実を煙で熏じて黒くしたものが烏梅です。しかし、一色直太郎氏はその品質について、「深黒色の極めて酸いものがよろしい。往々燻べて黒くしたものがありますから、気をつけねばなりませぬ」と記しています。燻は熏の異体字ですので、一色氏の説明はよく理解できませんが、あるいは単に煤をつけて黒くしたという意味なのかも知れません。
周知のようにウメの実には強い殺菌作用があると考えられ、実際試験管内ではグラム陽・陰性菌に対して強い生長抑制作用があることが報告されています。烏梅の薬効に一つに下痢止めがあり、細菌性の下痢にこの制菌作用が効を奏しているのかも知れません。『醫説』には出血を伴う下痢を、烏梅、胡黄連、竃下土の当分を末にして茶で服して治した話が載っています。下痢は種々の要因で起こるものですが、細菌性下痢に対する烏梅の効果を今一度検討してもよさそうに思われるのですが、如何でしょうか。