牛膝は『神農本草経』上品収載品の滋補薬で、使用頻度は少ないですが、牛車腎気丸などになくてはならない重要な生薬です。『神農本草経』には別名に「百倍」とあり、李時珍は『本草綱目』の中で、滋補の効力が牛の力の如く強いからだとしています。
「牛膝」は読んで字のごとく牛の膝の意味で、原植物の茎が節くれだっていることに由来するものです。原植物のヒナタイノコヅチはわが国いたるところの原野や路傍にごく普通に生えている植物で、俗に引っ付き虫としてよく知られています。
「地黄」・「山薬」・「菊花」とともに「牛膝」は"四大懐薬"に数えられ、"懐"は今の河南省の古い地名で、古来この地方の特産品として知られてきました。栽培の歴史は古く、宋代の『本草衍義』(1116年)に「今西京作畦種、有長三尺者最佳」と記載され、ずいぶん古い時代から西京の地(今の河南省地域)で栽培が行われてきました。また、この記事は野生品よりも栽培品の方が良質品であったことをも示しており、確かに同じ A.bidentata であっても野生品は栽培品に比べて根が短く側根が多くて曲がっており、折断面は繊維性で、質は堅硬で、基源は同じでありながら「土牛膝(または杜牛膝)」と称して栽培品とは区別されています。
わが国では牛膝はヒナタイノコズチの根であるとして、基源にさほど問題はありませんが、中国市場には Achyranthes 属由来の「懐牛膝」、「紅牛膝」を初め、同じヒユ科の Cyathula 属由来の「川牛膝」、「麻牛膝」、またゴマノハグサ科の Strobilanthes 属由来の「味牛膝」、ほか様々な異物同名品が存在します。古来、牛膝の良質品が河南省に産することや、『図経本草』の「懐州牛膝」の図も現在の「懐牛膝」に一致することから、正品はやはり Achyranthes 属植物と考えられています。この「懐牛膝」は Achyranthes bidentata に由来するもので、江戸時代からわが国に輸入されてきたものも本品で、局方でもヒナタイノコヅチとともに原植物として規定されているものです。
これら異物同名品の薬効的な問題について、謝宗万先生は『中薬材品種論述』の中で「近年来臨床経験によると懐牛膝は補肝腎、強筋骨、の功が比較的よく、川牛膝は通利関節、活血通経の作用が比較的強い」と述べておられ、滋補にはやはり懐牛膝の方が良いようです。わが国では川牛膝の市場性はほとんどありませんが、現在中国では両者がほぼ同じように使用されており、効果の相違については今後の研究が必要と考えられます。
また原植物の違いだけでなく、修治の違いによっても薬効に違いが見られます。一般に「懐牛膝」は9〜11月に根を採集し、洗浄後イオウで漂白し、地上茎及び側根を切り取った後、再びイオウで漂白し、大きさを選別して乾燥しています(わが国では漂白せず、ときに湯通ししてから、乾燥します)。『中薬大辞典』には「下行(病邪排除の作用をさせる)のためなら生(しょう)のまま用いるのが良く、虚を補うには焙って使うのが良く、また酒を混ぜてから軽く蒸すのも良い」とあり、生用すると活血去 や引血下行に、酒で製すると補肝腎に強く働くとされています。牛膝本来の滋補薬とするなら、炮製した方がより良いということになりましょうか。