サフランは明代の『本草綱目』に「番紅花」の名で初めて中国に紹介された西域の薬物です。原植物のサフランCrocus sativusは南ヨーロッパや地中海からトルコ,インドにいたる小アジア原産の多年生草本で,10月〜11月に淡い紫色の漏斗状の花を開かせます。学名が示すようにクロッカスの仲間で,春に咲く日本でもなじみの深いクロッカスによく似ていますが,薬用部位である赤くて紐のような雌しべのあることが異なっています。花柱の上部(柱頭)は3本に分かれ,鮮やかな赤色を呈し,やや多肉質です。
サフランはヨーロッパで古くから薬用に供され,『ディオスコリデスの薬物誌』にKROKOSの名で緩和,収斂,利尿作用のあることが記され,また搾り取った芳香成分から調製した練り薬のKROKOMAGMA(サフラン泥)に関する記述も見られます。サフランはインドにも分布し,アーユルヴェーダでも古くからKUNKUMAの名で,眼疾患,肝疾患,排尿困難,月経困難などの治療薬とされ,ニンニクやショウガとともに声に有益な香辛料とされてきました。また,初冬の入浴後,ジャコウジカの香のう分泌物と一緒に水を加えてすりつぶしたものを身体に塗布する方法は,ディオスコリデスのサフラン泥と同様の効果を期待したものと思われます。
サフランは古くから栽培され,歴史的にはイランやインドのカシミール地方が古く,現在ではスペイン,フランス,イタリア,日本などでも行われています。世界の総生産量の90%を占めるイランでは,幾世代にも渡って栽培技術が受け継がれ,その品質は国際的に良品と認められています。品質については,花粉や柱頭の基部(黄色を呈する)の混入が少なく,開花後すぐに採集した新しいものが良品とされます。サフランの等級は国際標準化機関ISOが定める分析試験による色,風味,香り成分と含水率によって3つのカテゴリーに分けられます。色と風味に加えて含水率は大切な要素のひとつとされ,乾燥が悪くて色がくすんでいるものは劣品となります。インドよりもイラン産が良品であるのは乾燥状態の違いが大きいようです。
サフラン1gを得るために必要な花の数は120個とも140個ともいわれ,現在の日本市場での価格は1gが350円〜800円前後と非常に高価な生薬です。高貴薬であるため贋偽品も多く,ムラサキサフランCurocus vernus All.や紅花Carthamus tinctorius,アルニカ花(Arnica montana L.),金盞花,菊花などオレンジ色?黄色の花がよく混入されるようです。現物を知っていれば偽和物の混入はすぐに分かりますが,鑑別点としては,真物は暗赤褐色で長さ約2cmの小管状で,上部が広がり,水に浸漬すれば上端に鈍鋸歯が現れ,もう一方は開裂します。また,水やアルコールに浸せば液が帯黄色となり,独特の香気があります。ただ,中央ヨーロッパに分布する同属のムラサキサフランについてはやや困難であるかもしれません。
李時珍は,「気味は甘,平。無毒で,心憂鬱積,気悶して散じないものの血を活かす。久しく服用すれば精神を愉快にし,驚悸を治す」と記し,また「傷寒の発狂には,サフラン2分を水1盞に1夜浸して服用する」と,天方国(アラビア)から伝えられたとされる処方を収載しています。なお,我が国へ伝来したのは江戸後期で,以来,もっぱら婦人病の治療薬として利用されてきたことは周知のごとくです。